Les Cases à Impluvium – セネガル、カザマンス地方

建築案内

 それぞれの地域で産出される建材を使い、その土地の気候に応じてデザインされた伝統的な建築のことをヴァナキュラー建築(Vernacular architecture)と呼ぶ。写真家である小松義夫氏は世界中にあるヴァナキュラー建築の写真を撮り続けており、彼の書籍を読むたびに私の好奇心はいつも掻き立てられる。

 その中でも私が一番関心を持ったのがセネガル(Sénégal)南部のカザマンス(Casamance)地方にあるLes Cases à Impluviumである。これはかつてこの地方に小さな王国を築いたバンジャル(Bandial)の人々の伝統家屋であり、カザマンス川下流に数多く見られたらしい。

 Les Cases à Impluviumの特徴は、何といっても屋根中央に開いた大きな穴である。建物の中に入るとその穴から内部に日が差しこみ、その下には浅いくぼみや囲いがあるのがわかる。そしてそれこそが「雨水を受ける水盤や浅いプール(=Impluvium)のある家」と呼ばれる所以なのだ。屋根はこの部分に向かって漏斗状の形をしており、それを伝って雨水を貯めることができる。この地域の井戸水は塩分が濃くて飲めないため、雨水を飲用としていることからこのような形となったらしい。その他にも内部を明るくしたり、こもった熱気を外に放出する効果もあるそうである。また建物によってはImpluviumに木が植えられていたり、外へ排水するための溝があることもあった。

 屋根の穴は高い場所に上らないと外から見ることはできない。そのため小松氏も上空から写真を撮るのにヤシの木に登ろうとして村人たちに止められ、最終的にはセスナをチャーターして目的を果たしたそうである。私の場合はたまたま訪れた日に屋根の葺き替え作業をしており、それに使われていた梯子を借りて屋根の上に上がることで、少しだけ見ることができた。

  • 円形のLes cases à impluvium

 建物の素材はこの地方で一般的な民家と同じく、泥、木(マングローブ)、藁である。形は円形が一般的であるが四角形のものも存在し、屋根の形もそれぞれに対応した形となっている。部屋はImpluviumを取り囲むようにドーナツ形に作られており、それがいくつかに仕切られている。壁は版築で作られており、入り口上部には牛(もしくは水牛)の角が埋め込まれていた。屋根は木の棒で支えたものが部屋の上に乗っている上屋根と、外壁と木の棒で支えられた下屋根に分かれている。上屋根と部屋の上の屋根裏ともいうべき空間は荷物置き場となっているようで、私が観た時は葺き替え用の藁が置かれていた。


 現地で聞いた話によると私が訪れた2008年には9軒しか残っておらず、その内訳はエナンポール(Enampor)に3軒、エルバリン(Eloubaline)に5軒、セレキ(Séléki)に1軒とのことであった。実際にはもう少し多いようであるが、このうちいくつかは宿泊施設として改装されており、純粋な民家としてのLes Cases à Impluviumは残念ながらもうほとんど残っていない。

Alliance Française Ziguinchor、Wikipediaより

 ただしその一方で宿泊施設などとして新たにコンクリートで建てられたものもあり、中でも有名なのがカザマンス地方の中心都市ジガンショール(Ziguinchor)にあるフランスの文化会館(Alliance Française Ziguinchor)である。外観にはカザマンス地方と南アフリカのンデベレ(Ndebele)の人々の紋様が施されており、そのド派手さもあって観光名所ともなっているらしい。

 Les Cases à Impluviumは2005年に世界遺産の暫定リストに登録されているが、2021年現在正式登録とはなっていない。近年の世界遺産登録では「モノ」よりも「ストーリー」が重視されているので、個人的には単体での正式登録は厳しいのではないかと思っている。そもそも既述したようにすでにあまり残っておらず、消滅する可能性も高い。それを回避するためにはセネガル政府による保護・保全が必要であるが、あまり熱心とはいえない。なぜならカザマンス地方には反政府武装組織であるカザマンス民主勢力運動(Mouvement des force démocratiques de Casamance: MFDC)がおり、散発的ではあるが現在も政府軍との交戦が続いているからである。カザマンス地方に完全な平和が訪れるのがいつになるのかはわからないが、平和と世界遺産への登録がなされることを願わずにはいられない。


<参考文献>

小松義夫(1999)『地球生活記 – 世界ぐるりと家めぐり』、福音館書店。
ーーーー(2007)『ぼくの家は「世界遺産」』、白水社。
Casamance Passion(フランス語)
UNESCO(フランス語)

<現地訪問>

エナンポール 2008/5/24-28
エルバリン 2008/5/27

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